森下一乘のブログです


by kazunori_lifework

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 20歳代に九州に赴任した時に油絵を描いた。その後、結婚し家も10数回転居したが最初に書いた絵(北九州の八幡製鉄所の絵)を後生大事に持ち歩いてきた。

 先般私の履歴書をまねて、私費出版で「私の旅心」を印刷したが、その表紙に上記の絵を使ったのである。その絵に刺激されて、また油絵を描きたい気持ちになってきた。妻がこの8月に油絵の道具一式を贈ってくれたので一気に風景を3枚書き上げたが、どう描いたらよいか忘れてしまってキャンバスの前で戸惑ってしまった。
 水彩とも違う、スケッチとも違う。自分の書き方で新しい境地を切り開いていきたいのだが、頭の違う部分を使っているような変な感覚である。

 私は船を描きたい。海原にこぎ出す小さな船を描きたいと考えている。私は引き揚げの時小さな船で38度線を越えた。密航船であった。船の板底一枚下が大海原というのが記憶に残っている。夜、青い灯をともした船がとおくを通過する。子供の時で、目がよかったせいかあの青さと電燈の光がキラッと光っていたことが印象的だ。

 会社の就職のパンフレットを作るときは船、ヨットを多く使った。就職とは船で大海原に乗り出すようなものであるが私達の支援は船のような役割を果たす。貴方の頼りになるのだというメッセージが海と船であった。ブライトキャリアのパンフレットは船を使ったものが多い。転職しようという方の味方が船なのである。

 この船を思いっきりかっこよく描いていきたい。私の人生の三分の一は就職支援トいう仕事であり、今後も続けて行くつもりだが、世のため、人のため、就職支援という船の役割を果たしていきたいと考えている。
  仕事をより高度に仕上げて完成の域に到達させたいことと、船の絵を思うように描きたいことと、何か関連があるようにも思う。

 中学生の頃、無性に船乗りになりたかったのであるが、もしなっていたら私の人生はどうであったろうか。
日本郵船の船の船長にでもなれたであろうか。30年前に船員は外国人に任せて多くの日本人船長が船に乗れず、岡に上がっていたがそんな経験をしたかもしれない。人生は予定通りにはいかない。

 学生時代のボートも船に関係がある。ボート部に青春をかけたのだが、私は船というキーワードで人生を航海しているようだ。

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by kazunori_lifework | 2009-10-22 17:46 | 趣味
 「鉄腕アトム」トいう映画があったので日本の古い映画化と思って入った。言葉が英語で字幕が出ている。
鉄腕アトムを題材にしてストーリーも米国産である。

 アニメで鉄腕アトムが活躍して地球を救うのであるが、お茶の水博士が出てくる。話は米国風である。
日本人はあまりタッチしていないようでアニメ制作の部分は大勢の中国人がタッチしたようだ。

 手塚治もかわいいアトムが米国の孫になったような映画を見たらびっくりするであろう。
話は勧善懲悪で最後にアトムが敵をやっつけてハッピーエンドになるが外国の子供たちはどう受け取るのであろう。

 字幕で見る外国アニメという感じであるガなかなか見ごたえがあった。興味があればご覧になっていただきたい。

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by kazunori_lifework | 2009-10-22 17:10 | ビジネス
 社長応援団のコンサルタントである森氏から、タイの人とどうお付き合いするかという話を聞いた。

 1.誇り高いのでお付き合いを大切にすること
 2.学歴社会であるのでその付き合いをみきわめること
 3.現地の方との共同でないとビジネスはうまくいかない。いかに現地で力のある人と手を組むかということが、せいこうへのひけつである
 4.階級意識が強いので日本人は旦那さんと呼ばれるがケチであってはいけない
 5.条件が良いと恩義があってもすぐ転職してしまう。クールな点もある

 日本企業はもうかっているかという質問に派大手はもうかっているが、中小企業は厳しいということであった。

 8年の経験でやっとタイ人がわかったと言われた。海外進出も大変である。適切な助言ができればお役にたてるであろう。

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by kazunori_lifework | 2009-10-09 16:53 | ビジネス